京都造形芸術大学

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連載コラム

VOL.12 松井利夫(陶芸家、京都造形芸術大学教授)

「バオバブの盆栽」ワークショップ マリ共和国(2007年)

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VOL.12 松井利夫

「金のたこ壷」の展示風景(2007年)

「金のたこ壷」の展示風景(2007年)

無人さん(アートの無人販売所project in Kameoka)2013年

無人さん(アートの無人販売所project in Kameoka)2013年

サイネンショーproject(2014年)

サイネンショーproject(2014年)

現代社会において、先生が日常感じられることの中で、足りない(欠けている)と感じられることにどのようなことが挙げられますでしょうか。

声が聞こえないからと言って問題がないわけではない、小さなつぶやきかもしれないし声にならないため息かもしれない、また人に訴えたえることをよしとせず黙々と荒れ地を耕すことを生業と信じている人々がこの世の中にまだたくさん奇跡のように生きているのかもしれない。地球という自然をいびつに加工し続けた末に文明が招いた災害の傷は癒えることなく覆い隠されその下には何万年も消えることのない膿がマントルのように蠢(うごめ)く。その膿から育った作物を食べながらそういう国土に生きながら、なぜその声を聴こうとしないのか、なぜ疑問に思わないのか、なぜわたしたちの国土を見捨てるのか。政府の愚行を見ればその課題を彼らに任せておけないことが分かっていながら、その課題を政治の課題にし続けていること、自分の口に入れるものまで彼らにまかせていることに気付かないこと、デモという行動や選挙という制度がなかった頃人はどのように生きていたのかを考えれば、もっと人を信じることができるだろう、もっと美しい手の差しのべ方ができるだろう。自分が今日も生きていることは小さな奇跡の積み重ねだ、見続けること聴き続けることで自然と身体が動くリズムを感じる能力が人類に足りない。

そのような能力を磨くために、「芸術」はどのような役割を果たすとお考えでしょうか。

藝術は科学のように自然の摂理を解き明かしたり宗教のように信心によって心の平穏を得ることが役割であったこともあるが、今日藝術がこの世に必要とされる役割は「ここではないどこか」に連れて行ってくれることだと思う、ふと車窓の向こうに虹を見た時に思い描くいつかの景色であったり、映画館を出た時に日が暮れていた時の驚きのように、この身体が縛られている世界から心を解き放ち 現実とその向こうの世界、同時に二つの世界に存在することで今の自分を受け入れ乗り越える力を与えてくれることだと思う。世界を変えたり人を救ったりということもあるだろうけれど、本当に大切な役割は些細な私の問題を「ここではないどこか」へ連れ出し見たこともない形に変え驚いている自分に出会わせてくれる自分だけの魔法を編み出すことだと思う。

先生は、これからの社会を生きる上で大切にすべき視点(=美意識)をどのような点にあると考えますか?

火を大切にしたい。最近は野焼きや焚き火を目にすることがほとんどない。都市部において火を目にすることはライターやコンロの火以外火事くらいだろうか、それは悲しいことだ。かつて縄文の頃から聖俗に渡って当たり前のエネルギーであった火は単にエネルギーとしてではなく様々な精神世界や文明の基本にあった。その火を自由にあやつれるのは「格好いい」。逆に石油やガスなどの化石燃料、ウランなどの始末に負えない鉱物資源を燃やさないこと、それがどんなに環境に負荷をかけるかという視点からではなく「格好わるい」という美意識にまで高める行動を大切にしたい。

先生が藝術学舎において、これまで企画された講座や、これから企画されようと考える講座を通して、受講生に伝えたいと考えていることをお教えください。

3.11直後に開講した「人類哲学序説」では哲学者梅原猛先生を招きFUKUSHIMAの災害を招いた文明の哲学の問題を解き明かし新たな人類の哲学構築の臨場感あふれる思索の現場に立ち会うことができた。「ふるさとという最前線」ではコミュニティーデザイナー山崎亮先生を招きふるさとを離れて暮らす人々、ふるさとを持たない人々が「ここではないどこか」に思い描くこの時代と地続きの未だ見ぬふるさとをどう描きどう行動すればよいのかという課題の最前線で活躍している風の人、土の人を招き新しい風土の作り方を学んで第8期を終えたところだ。これからはふるさとの最前線で様々なもの作りに励んでいる工房を訪ね今日をしぶとく逞しく生きる術を学びたい。「ネオ民藝」とでも名付けようかと思う。

最後に、これから「芸術」を学ぼうとされている方へ、エールをお願いいたします。

何よりもだれよりも信じれるのは自分の生み出した藝術だ。そしてだれよりも深く裏切られるのも藝術だ。藝術を学ぶならこの毒にも薬にもなる劇薬の味を憶えてほしい。

秘伝は藝術学舎で。

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